読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

“あの頃”の翔くん ~タイトなパイオニア(4)

憶測の域を出ないけど、桜井翔*1滝沢秀明という人はたぶん合わない。お互いdisりはしないしたぶん因縁もないし感情的なものでもない、ただ何となく、合わない。私が初めて『素顔2』のビデオを見たとき、もう嵐はデビューしちゃってたんだけど、改めて「やっぱこのメンバーではデビューできないわ」って思った。あのベガス旅行では完全に滝沢・相葉チームと桜井・二宮・松本チームに分かれてしまっていた。時々ニノと潤は滝沢チームと絡んだりもするんだけど、必ずどちらかは翔くんのそばに残る。滝沢・相葉と翔くんは会話をしても非常にぎこちない。このぎこちなさは時間が解決するものでもなかった、きっと。絶対。あの夏、何があってあの5人でラスベガスに行き、その後何があって今の5人でハワイに行ったのか、その本当の意味なんて私は知らない。ただ、あのままあの5人でデビューは絶対無理だったのは分かる。

 
 
2002年の冬にnonnoで滝沢と今井翼と翔くんの3人の対談があった。*2
ちょうどその代が成人するからなんだけど、びっくり案件としてよく覚えている。アイドル誌でもなく当時嵐が連載やってたSeventeenでもなくnonnoってのもびっくりだし(当時はファッション誌に載るとかすごくレア)、ヨコとかも交えずこの3人だけの対談ってことにちょっとどきどきした。その頃、滝つはまだジャニーズJr.だった。ジャニーズJr.も含めて成人記念の対談を組むならすばるやヒナやヨコだって呼んでもいい。まあ?そもそも明治神宮での成人式に出てるのもこの3人だけなのでまあそりゃそっか、って話でもあるのだが。だがだが、「え、どんな話するの…?翔くん話せる?滝つだけの対談の方がよくない?」と不安になった。それくらい、そわそわする組み合わせだった。
 
 
このnonnoの対談が読みたくて古いファイルを引っ張り出したのだけど、そこでもっと面白い記事を見つけてしまったのでそちらを紹介したい。
 
1つめ。
何の切抜きかも分からなくて、ピカンチの宣伝で5人で載ってるんだけど。そうそう、学生時代の翔くんってこういう人だったのよ、っていうすごく純度高いやつ。
f:id:malika5:20160705203704j:image
 
2つめ。
時代丸出しで恥ずかしいんだけど、謎のネット記事のプリントアウトwwwwwwプリントアウトてwwwってツッコミは2003年という日付で許してくださいw*3 これが何のインタビューでいつの記事かも分からないけど、よい子の味方関連の何か。これも学生時代の翔さんがよく分かる良テキストです。
f:id:malika5:20160705211915j:imagef:id:malika5:20160705211922j:image
 
 
 
 
このね、「染まったら負けだ」っていう翔くんがすごい好きだった。
 
 
なんでそんな戦闘モードでここにいんだよ、嫌々やんなくていいんだよ、ってJr.時代の翔くん嫌いな人もいっぱいいたと思う。若かりし翔くんは2秒だか3秒だかでキレると評判wの血の気の多い人だったわけだが、そのキレはヒステリーではなくだいたい理屈があって、例えばこの記事に書いてあるように家の周りや学校に押しかけるとか、それで学校内で変な風に絡まれたり、友人の態度が変わっていったりっていう二次災害だったり、そういうことにずっとピリピリしていたのも原因の一つだと思っている。10代の翔くんってどこにいても異邦人だったんですよ。やっぱジャニーズ内でも異質だし、高校の友達にも「お前は俺だから仲良くしてるの?それともジャニーズJr.の桜井翔だから仲良くしてるの?」とか思ったり。そんなこともあって、あの頃の翔くんは心を許した人にはすごく愛情深いけどそれ以外に対しては警戒心が非常に強く、そういう線引きがはっきりしてる人に見えた。(そしてそういう気の強いところがカッコよくて好きだった)
 
 
ちなみにだけど、こうやって自分が自分でなくなるのが嫌だってガチガチに武装してるようなあの頃の翔くんだけど、今は当然そういうのはない。恐らく、翔くんは枠組みから逸脱することを恐れる保守的な人だ。(なんせ「ステージ上終身雇用」。石橋を叩いて渡る前に叩き過ぎて割っちゃうタイプとか自分で言うし、誰もやってないことやりたがるのも同じことしてたって生き残れないという不安からくるものであって裏を返せばビビリというか安全思考。)
あの頃翔くんの世界は高校生でそして大学生だから、芸能人の価値観に染まって、普通の高校生の、大学生の価値観が分からなくなってしまうのが怖かったんだろうね。でも大学を出て、周りにもテレビ局やお堅くない職業に就職した人も出てきたからなのかなあ、すこーしずつ芸能界への警戒を解いていった気がしている。すれ違う全てが敵みたいなこの警戒具合は世間知らずの学生だったころ特有のもので、若さの象徴みたいに感じている。
 
 
まあでもそんなわけで、この「染まったら負けだ」と思っていたところが、当時(特にJr.時代)の翔くんの翔くんたらしめたところであり、滝沢と相容れられなかった原因でもないかと思っている。
 
 
翔くんはジャニーズでいることがコンプレックスだし、染まりたくないって芸能界に喧嘩売ってるし(そこまで芸能界嫌ってイライラしながら寧ろ何で試験休みでフェードアウトしないでわざわざ修羅の道に戻ってくんだよwという愉快な話でもある)、とにかく反抗的だし王道の逆しか行きたがらないし色んな意味で事務所の常識破りだしw、それに刹那的な存在だった。ジャニーズJr.やってるほとんど全ての人がデビューを目指してデッドオアアライブの世界で頑張っている中で、翔くんだけは最初から一択しかなかった。ずっとここにはいない。いつかいなくなることを前提として今を全力で生きてるだけ。ある意味ずるい。でも別にだからって険悪なわけではなかったんですよ。色んな人と仲良かったし、やっぱり楽しいから試験で休んでも戻ってくるんだろうし。ただ、それがいつかは知らないけどいつかは翔くんは自分の世界に帰ってしまう人だっていうのはみんなが共有している決定事項みたいなものだった。はず。
 
一方で滝沢は幼くしてそこにしか生きられない人だった。滝沢は滝沢で、デッドオアアライブの世界に生きていなかった。気が付いたときにはプロだった。黄金期のジャニーズJr.は今と違ってジャニーズJr.で一塊(その中で序列や簡単な区分けはある)って感じのごちゃっとしたものだったけど、滝沢だけはそのごちゃっから1段違うところにいた。わいわいがやがやした子供の中にひとり保護者が混じってるみたいだった、滝沢だってまだ少年なのに。そしてそのごちゃっとしたものの中から誰が生き残るか分からない中で滝沢がデビューしないわけはない(つまり滝沢を除いた残りの枠に誰が入れるかを競っている)っていうのも当時みんなが共有している決定事項みたいなものだった。
 
だから言ってみたら滝沢と翔くんの2人だけだったのかもしれない、選択肢がなかったのは。みんなどちらに転ぶか分からない中で、最初からずっと翔くんはいつかは自分の世界に帰ることが決まってて、滝沢だけはあの世界に当確してた。あまりにも違う2人は、お互いをどう思っていたかは知らないけど、なんかちょっと、ぎこちないというか、気を遣う感じはあった、と思う。ベガス然り。
 
 
テレビでデビューの話をするのはお涙頂戴とか変な物語をつけられがちだからほんとは好きじゃない。「一緒に頑張った、全てのジャニーズJr.に、ありがとう」って言葉でもう答え出てるし。翔くんはずっと、「全てのジャニーズJr.」を引きずってた。ハワイのときの夜会でも言ってたけど、自分よりもっとデビューしたかった人を知っているから。自分なんかよりもっと全力でそこに懸けてた人たちを知っているから。
「自分が選んだ道が正しかったのか、…よく分かりませんでしたけど」これはファーストコンサートでの言葉だけど、さっきの記事でも、『H』の17歳の自分への手紙(2014.01)*4でも同じことを言っている。それは自分がいるべき世界に戻り損ねたことも1つだし、自分が選んだことによりその道を選べなくなった人への想いも含んでいると思っている。
 
ただ、「全てのジャニーズJr.」と滝沢って別物なんじゃないかと何となく思っていて。「全てのジャニーズJr.」はあのごちゃっとしたものを指しているイメージで、この言葉から思い浮かぶ顔はフライデーの彼らやMAや裕貴くんや梨本くんや譲くんやまっさんや…で………翔くんのこういう話は何度か聞く機会があったけど滝沢についてどう感じていたのかは語られたことがない気がする。というか簡単には語れないセンシティブさがあった。*5
 
 
と、ここまでが、夜会を観る前に書いていた部分。ハイ、2016.07.14の夜会に向けたなげぇなげぇ前振り。
と言ってもまああんだけ煽られていた「うしろめたい」はデビューについてでも、学校と両立していた事でもなくて、反抗期だった事についてでした。あらやだ、読み外しちゃった。だからいつだか太一の頃のプレミアムで屋良っちが話していた内容に近いかもね。あの辺のメンツで滝とかに反抗してたっていう。結局夜会に便乗してあの頃の翔くんを思い出しまくっただけでしたwまあ所詮夜会だしね、ゼウスだしね。

まあでも、大人になって、ちゃんと話せてよかったねって思った。本当かざとまが言ってたのが盛ってもなくてへんな演出も煽りでもなくて、ほんとそんな感じだったよな〜と思うから。あの時の翔くんじゃ滝沢の責任の重みは分からないし、今の色んな重みを知った翔くんだからこその気持ちだろうし。どっちがすごいとかどっちが悪いとかそういう話じゃないよ。っていうか何なら私はそんなヤンチャな翔くんが好きだったわけだし。

でも今このタイミングだからよかったんだろうなぁ。このタイミングとは、タッキーって呼べるようになったタイミング、つまり半年前にブイコンを観に行き、あの頃を懐かしみ、斗真がしつこくしつこく鬼電をし翔くんを呼び出し、飲みじゃ飽き足らずカラオケに行って当時の踊りを踊り、おじさんたちが覚えたてのLINEでグループトーク作るようになった今ってことだよ!!!つまり感謝すべきは夜会でもゼウスでも滝様ドラマでもなくV6兄さんとそしてやっぱり鬼電してきた斗真だよ!!!!!!(あれ?)斗真が翔さんを好いてくれてることに本当救われているよありがとうな!!!!
 
 
それにしてもさ。
あのプリントアウトのやつ発掘して笑いが止まらなかったんだけど、「採算合うように」のくだりがもう桜井純度高すぎない???wwwwwwwww だから、「作られた真実」なんて永遠に克服しないんだよこの人!一生割り切ってるだけだよ!wwwww
でもさー?こんなマイナスなことばっか言う人がさ「5人なら何でもできそうな根拠のない自信があるんです」って言うのやばくない?当時はまさか紅白の司会とか国立コンとか年間売上1位アーティストとか絶対想像もできないくせに根拠のない自信だけはあるんだよ、この頃出したシングル、ウィークリー2位なのに。*6*7
で、また「その根拠の部分をみつけるように頑張りたい」って言うけど結局またその10年後に「仲が良いって言われるのは恥ずかしい」とか「分かりやすい武器がほしい」「もっと実力で評価される人になりたい」とか言うからねあの人wだから10年かけて見つけた「5人なら何でもできそうな」自信の根拠は仲が良いからなんだってば!wでもそれが恥ずかしいんだってよ!wでもまたその2年後に「何かもうどうでもよくなっちゃった」っていうからねあの人!はぁーーーおもしろい!翔さんあんた振り返れば振り返るだけループしてて面白いよ!
というわけで長ったらしい思い出話につきあってくださってありがとうございました。
 
 

*1:もちろんわざとこの字で。

*2:http://www.shueisha.co.jp/CGI/magazine/rack2.cgi/magazine/nonno_detail.html?key=detail_b&zashimei=nonno&id=0116

*3:ついでに白状すると当時私は好きなサイトさんの記事はだいたい印刷してましたwwリビング行ってパソコン開いたらまたパソコンばっかり!て怒られるから、いつでも読み返せるように…w

*4:https://twitter.com/_malika5/status/746357397573115905

*5:嵐がデビューしようと何だろうとそれでもやっぱり滝沢が特別な存在であるというそのパワーバランスは変わらないので、嵐はデビューしてもしばらく滝沢とずっと同じ番組に出ていたり、滝沢MCで嵐雛壇みたいななんとも言えない状況だったり、カウコンに出てもJr.な滝つより歌割少なかったり、あの嵐デビューからタッキー&翼デビューまでの数年はまあ微妙なものがありましてね。だから、「ご褒美をあげる」と言われたら「自分たちだけの番組がほしい」だったわけで、「どんな内容でも深夜でも構いません、自分たちだけの番組がほしいです」がヲタクも本当に心から同じ気持ちで、だからあんな合鍵企画とかくそみたいな番組でもそれでもないよりは!!だったわけで。

*6:とまどいが黄泉がえりに負けてウイークリー2位だったのは覚えてるんだけどあれリリースかぶったのかなあと確認したらとまどいは2/13リリースで月のしずくは1/15だった件wwwwWISH握手会事件の方が物語性があるから目立つけど、実はあれのがやばいw発売5週目の新人に負けたwというか2003年リリースはどっちも1位取れなくて、ハダシ/ことたいは福山の虹に負けたんですよ。と調べてみたら、虹も2週目だったwww握手会ドーピングしても勝てなかった2週目の福山…w

*7:でもそうやってだいじだいじに守られてない感が当時の嵐ヲタのガソリンだった気がする。