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【祝入所20周年】私の好きな櫻井翔20選【1995-2015】

ARS Episode

昔、友達にこんなことを言われた。

「ジャニヲタって、好きなアイドルがジャニーズに入った日をお祝いするってマジ?何それwそんなことまでお祝いするの?ジャニヲタってほんと面白いよね~」

いや、私からしたら寧ろ入所日こそ一番大切だよ!だって、たとえ生まれてきてくれてもジャニーズ事務所に入ってくれなければきっと私の人生には何も関係なかったことだから。*1 もちろん、デビューしてくれなかったら知らんうちに事務所辞めてたかも知れないので結成日やCDデビュー日も同じ意味で欠かせない。でも何より本人が本人の意志でジャニーズ事務所のタレントとしての人生を始めてくれたその日があるからこその今日(こんにち)である教信者(デビューするしないは本人の意志に拠らないことがほとんどだけど、履歴を送ったのが誰であろうと無理やりだろうと逃げずにオーディション会場まで行ったのは本人の足であり、その後も事務所に通い続けていたのは他の誰でもない本人の意志のはず)なので、私は入所日が一番おめでたい日だと思っています。*2

特に櫻井翔という人はまさか20年もここにいるはずじゃなかった人です。前途洋洋な中学2年生だった櫻井少年が1995年10月22日にトチ狂ってジャニーズ事務所のオーディションを受けに来てしまったがために今がある。そんな翔くんだったからこそ今日は流石に祝いたい。だけど今はすっかり他の子に夢中な私が今更翔くんにラブレター綴るのもお前どの面下げて…って感じだから、この20年のうち私が好きな、というか思い出深い発言やエピソードを20個紹介してお祝いの言葉に代えさせて頂きたいと思います(結局どの面下げてな状況)こういうのがポンポン思い浮かんで、さして時間もかけずにソースも出せる自分が嫌だ……脳みそもっと大事なことに使いたい…。だいたいエピソードの時系列順(一部あやしい)。

※「桜井」から「櫻井」に改名した2002年以前*3の出来事は「桜井」として記憶しているため、あの頃の話をするときは「桜井」じゃないと目で見て落ち着かない、というどうでもいいこだわりがあるのでわざと一部「桜井」です。ご了承ください。

櫻井翔さんのエピソード20本ノック~

  1. 松本潤の家庭教師だった一連。「俺、高2の夏を松潤に捧げたと言っても過言じゃないからね?」 (ポポロ 2002年の夏頃)←切り抜いてるから号が分からない

私はあの頃の翔潤が本当好きで好きで…!渋谷の道玄坂を登るタクシーの中での進路指導(中3の潤「翔くん、俺、高校行かない!仕事したい!(翔くんなら背中を押してくれるはず!)」翔くん「…いや、高校は行っといた方がいいんじゃね?」潤(ガーーーン!)*4)から潤の中学の卒業式の前日に潤の家泊まって、いってらっしゃいって卒業式に送り出したところまで日々が萌えのかたまり~すぎて嘘みたいな事実。当時の潤の翔くんへの絶大なる信頼度も大好きすぎる。あとなんで潤がそんなに翔くんに憧れてたかって、翔くんは何でも自分で考えて自分で決めてるところが大人に見えた(「うちの親放任だからね」by翔くん)という理由がすごく好き。

  1. MUJIC JUMP(少クラの前身番組)で、ユニット毎に名前呼ばれて軽いダンスをするところで振付されるのを拒み毎週自分達で振付を考えていた。

ずっと芸能界で生きていく気はないからデビューしたい、他の人を蹴落としたい、という気はないくせに見せ付けたい欲があって負けず嫌いな矛盾が好き。あと高校の学祭でもダンスチーム組んで踊ったりして、あの頃のダンスに自信のあった翔くんが好き。とにかく何を言われても私は踊る翔くんはカッコイイと思っているし、今はさておき若かった頃の翔くんのあの目にうるさい踊り方が大好きだった!否定は受け付けません!w

  1. 「後から入ってきた奴と何で同じ勉強をしなきゃいけないんだ、とか思ったけど」「女の子にチヤホヤされてるから勉強できない、とか思われるのが悔しかったから意地になって勉強してた」(SAY 2004年?号)←切り抜いてるから号が分からない

後から~の話はこれぞ内部生って感じで。そりゃそうだよね、内部生は内部生で色々あるよね。そんな環境でこういう意地を張るっていうのがさ~あんた本当昔から一貫してそういう人だよね!っていう。(アイドルがどれほどか見せてやんよ!といい、対学内にしても対芸能界にしてもバカにされる環境でなにくそ!ってなるのが翔さんの基本スタンス。)「休めなかった、っていうか休みたくなかった」から無遅刻無欠席だったエピにもえらい憧れて、私も中1から高3まで無遅刻無欠席しようとしてたw部活の大事な荷物を忘れたことに気付いても取りに帰らず母に学校へ持ってこさせてまで無遅刻を維持した()のに結局高3の春に38℃出して私は翔さんに負けました。

  1. 「俺がいた学校もジャニーズ事務所もすごい閉鎖的だけど、学校から離れたとこで、東京以外のいろんな場所からいろんな年のいろんな奴が集まって、そいつらの地元に行って遊んだりとか楽しかった」(H 2004年4月号)

これ、何か分かる。例えどっちも極端な世界だとしても、今までのスタンダードを覆すような世界が見れて楽しかっただろうねって。これが、デビューしたくもないのにJr.辞めれなかった理由だと思う。他にも「いつか辞めなきゃ、とは思ってたけど明日辞めようとは思えなかった」とか言ってる。よく辞めたかったエピソードばかり取り沙汰されるけど、辞めたかったというより辞めなければいけないはずだった、なんだよあの人の場合。去年の徹子の部屋でも同じこと言ってたのが嬉しかったな~ちゃんと忘れてないんだなって。以前夜会にMaliaさんが出てきた時もこの発言思い浮かべてました。

  1. 若い頃は口を開けば下ネタ

具体的発言を挙げてったら枚挙に暇がないのですが、現在の名誉のために黙っといてあげます(松茸とか笛とかは有名だと思うけど)。でもこれ智も大概だかんな。10代~二十歳そこそこの頃のあの二人ひでぇかんな。本当はこの下に例文用意してたけどやっぱり現在の名誉のために泣く泣くひっこめました。ヒントは嵐音(大喜利の回)です。

  1. 「俺昔あそこ(渋谷)に住んでたみたいなところがあって。1週間が7日だとして、8日分はあそこにいたっていうか(笑)」 (Wink up 2000年7月号)

1週間の最大値は7日であるということを踏まえた桜井さん流ジョーク。と同時にチャラライに思いを馳せる一節。

  1. 「俺コンサートのコンセプトとして、ファンの人も一緒に参加できるっていうか、俺らが一方的に魅せるコンサートじゃなくて、一緒に楽しんで一緒に作る感じの、がよくて。ただなんか、カッコイイだけじゃなくて、ほんと楽しかったな、って、感じ。夏(のコンサート)も、この先も。」 (2000年 『スッピンアラシ』)

たかが1ツアーやっただけの状態でこのポリシー持ってて、しかもそれがホントに「この先」までブレてないところは信頼しかない。

  1. (この頃m-floのVervalさんによくしてもらっているという近況報告で)「紹介とかしてくれる時に今年のマイメン桜井くんって言ってくれるのもなんかよくて(笑)」 (Wink up 2000年9月号)

その10年後にはマネキン5の櫻井守改造計画で一緒のお仕事するとは、この頃は思ってもなかったよ………*5

  1. 桜井「はいはいはい!!!」二宮「はい、そこのジャイアン!」相葉「(司会のニノに向かって)ジャイアンは指すな!絶対指すな!」桜井「ブラッドピット!」二宮「ファイナルアンサー?」桜井「ファ…ファイナルアンサー(笑)」相葉「ちょっと待って!!ちがう!ちがうよ!」二宮「正解!」相葉「もぉ~あのジャイアンほんとヤダ(泣)」 (2001.07.17 嵐音 クイズGo!Go!にのもんた)*6

これはもう、分かる人だけ分かってくださいw翔くん昔はガキ大将って感じで、まさきやキャラ変前の潤を理不尽にいじり倒していてまぁ~クソガキだったので、最近の翔さん見ると「お顔も身体も中身も丸くなられて…( ◜◡◝ )」とは思うよね~。いや、30超えてガキ大将でもイタイから翔くんってば本当いい歳の取り方したよね!と心から思ってるけど、ふとクソガキ時代のものを見る(聞く)とあぁ~そうだ翔くんってこういう人だった!って思うほど別人だなって(あと私翔くんのこういうヤラレキャラじゃなかったところが好きだったんだけどなあ…w)ところでクイズGo!Go!にのもんたってコーナー名今見てもふざけてるし本当嵐音って天才だと今でも思うし、ああいうこと後輩のラジオでもやって欲しい。クイズGo!Go!*7

  1. ケツメイシm-floのアルバムのスペシャルサンクスにクレジットされる

私、少なくとも当時そんなジャニーズ見たことない。どこどこのパーティ行ったらリップスライムのイルマリさん(しかも「くん」付けで呼んでた記憶)やその妹さんに会ってどうとかこうとかラジオ(SHO BEAT)で言ってたこともある。アイドルにイケイケ要素感じると基本怯えるけどw、翔くんのイケイケ感にはカッコよさだけ感じていたなあ、何故だろう。先日クラブで~とかあの人平気でラジオやアイドル誌で言いまくってたけどw、変な不安を感じたりはなかった。当時のイケイケな人脈は今どうなっているのだろうか~。

  1. (試験直後に出たMステで、タモリさんに自信のある科目は?と聞かれて)「中小企業金融論」 (2003年8月1日 ミュージックステーション

翔くんがはっきりと履修している授業名を言葉にしたのはこれと、大学1年の時の「物理」だけな気がする。

  1. 「弟さんの話はよく聞きますが妹さんの話は聞きません。仲良くないんですか?」といった質問に「仲は良いです。仲は良いけど、俺が勝手にテレビや雑誌で話したことを妹の学校の友達が見たりして、自分が話してもいないことを友達が知ってたらそれは妹のプライバシーの問題になるから、妹が私生活送る上で邪魔になることはしたくないので妹の話はしません。弟はまだ小さいからプライバシーって言っても、と思って弟の話はしてるけど、弟ももう少し大きくなったら弟の話もしません!」(2003年 SHO BEAT ※ニュアンス)

前にTwitterでも話題にしたけどほんと翔くんっぽくって大好きなエピソード。妹さんの話を極端にしないのは私も気付いてたから、理由に超納得した。その後話してくれた妹さんとのエピなんて骨折した時(2008年)とかそんなもんくらいな気が。
他方、「お前の弟プロレスラー*8」とか散々ネタにされていた相葉弟(犯人はだいたい桜井二宮)(だからか知らんが松潤が好きな相葉弟)

  1. 「それ(食器)はディッシュウォッシャーに入れてポンッ!よ」 (Myojo 2003年の暮れくらい)←切り抜いてるから号が分からない

「さっき台所で翔くんが『お皿の洗い方知らない』って言ってた…」とドン引きの潤に「普段家で食器とか洗ったりしないの?」と言われたときの一言(当時実家暮らし)。せめて食洗機と言ってくれ。

  1. 「笑顔の未来が待ってるといいな」 (2004年1月 『Jouful』『ペンの指す方向』のリリック)

基本的に翔くんはこっちが心配してやるようなタマじゃないと思っているけど、流石に大学卒業前の3・4ヶ月は様子がおかしかった。もう迷いなく嵐として限界までやってみる覚悟はあるように見えたけど、それがどこまでうまくいくか自信はないんだな…っていう弱さとか、今まで芸能生活=学校との両立だったのがいよいよ芸能一本になる不安感とかがあの曲には詰まり過ぎててさぁ。そんなん見てたら何の力もないガキの分際でも「大丈夫、絶対私たちが『笑顔の未来』にしてあげるから!!この選択を後悔させないから~~~~~!。・°°・(>_<)・°°・。」とか思っちゃったよね~という遠い思い出。でも「笑顔の未来」っていい言葉じゃないです?私は今でも思うよ、翔くんが今、笑顔の未来にいるならそれでいいです。

  1. コンサートの1部2部の間にピザをたらふく食ったら気持ち悪くなって、2部の途中で吐く (2004年8月17日 いざッ、NOW!@長野ビックハット)

好きな食べ物:ピザ っていうのがJr.の頃から変わらないのもいいし、おめえ1日2公演って人生で何回やってきたと思ってんだよ、そんくらい分かるだろ!っていうアホさもいい。でもピザ取ろうと言い出したのは潤。

  1. 二宮「翔くんはマッスルミュージカルに出ます」

相葉ちゃんと大野くんが舞台やるよ。遠いけど来れる人は是非。 的な話をして
二宮「そんで翔君もそのあと舞台が決まってね、何だっけ」←4人に話を振ってる
マッスルミュージカルー/
二宮「何でそれ知ってんの;」←何でだっけ~?雑誌か何かでネタにしてたよね?するとマッスルミュージカルのロゴがモニターに表示される(笑)
櫻井「うわ何でこれ出て来てんの!?」
二宮「あーなんかローソンかなんかにあったから貰ってきたらしいよ。で、翔くんどこでやるんだっけ?」
櫻井「え……………真駒内?笑」←出演者のテイで適当に答えてる
(2005.08.06 One@きたえーる)*9

同じ意味で、嵐の「角田さん」*10いじりやTimeのDVDに入っているあのMCも好きです。ちっちゃいJUMPちゃんの前でふざける筋肉お兄さん。私は若い頃の筋肉質な翔くんが好きでした。ところでこのキャラ(使えない筋肉キャラ)は同じ匂いをHey! Say! JUMP岡本圭人くんにも感じています。

  1. 「今日も弾の分だけ札が舞う 右とか左とかではなくただ僕知りたい聞きたいことはひとつ Where's the love, y'all Where's the truth, y'all」 (2006年1月)

The Black Eyed Peasの『Where Is The Love?』にのせて、「あのビル落ちた日考えました」*11から始まる反戦反テロラップのリリック。“こういうこと言っちゃう俺”をわざわざ主張してくるうっとうしさが櫻井純度高すぎるし、特にここで言う「右とか左」は保守と革新、愛国とリベラルの意だと勝手に捉えているので、そういうことを言いだしたことがものすごく………なんていうか、純度高い!(あとここの押韻タイトで好き。)

  1. 「学校や職場で隠れキリシタン的な、隠れ嵐ファンって人も多いと思うんですよ。(会場:爆笑) でももう言ってもいいんじゃない?(笑)」 (2007.09.02 1部 Time-コトバノチカラ-@新潟・朱鷺メッセ

言ってもいいんじゃない?だか、言っていこうよ!だかもううろ覚えだけど今まで行ったコンサートの中で一番心に残っている言葉。「昔はお前のことバカにしてたけど最近すげえって思うようになった」みたいなことを人に言われたけど俺らはこんなもんじゃないですよ、まだまだ行くよ、だからもう嵐が好きだって周りの人に言っていこうよ、皆で上を目指していけるんじゃないか、っていうようなことを最後の挨拶で言ったんですよ。あれはしびれた。(カムアウトすることでみんなで流れを創ろうって思想、今考えると味わい深いな。その共犯関係をこっちに求めてきたあたりが。)これを聞いて「笑顔の未来が待ってるといいな」なんて不安はもうないよね、今いるのってまさに笑顔の未来じゃない?って思ったのをよく覚えてる。
ところで最近オーラス詐欺について調べていて気付いたんだけど、この朱鷺メッセが本来のオーラスで(この発言があったのは1部だが)、この日が現状嵐最後のアリーナ公演なんですね。すっかり忘れてた。そんな日にこの発言したのかと思うとちょっとたまらんな。

  1. 何秒以内でコメントお願いします!みたいなのが上手い

これそもそも何で上手くなったかってSHO BEATで曲をかける際にイントロの秒数逆算して曲を先にかけてもらってイントロ中にその曲の説明や音楽的背景とかを語ってアーティスト名・曲名言ったらドンピシャに歌が始まる、っていうことを誰に頼まれてもないのに何か勝手にやりだしてw生放送でもないからそんなの全くいらんのにwでもそれがほんと上手かったしスマートだったし、気が付いたら番宣で何秒以内にコメントお願いします!みたいなのがめっちゃ上手くなってて。それきっとあの無駄なイントロ逆算力が活きてるはずだから、身につけて無駄なスキルなんてないんだなーってw

  1. 好きなお酒は芋焼酎。一度に2つ頼んで1杯目をちゃっちゃか飲んで残った氷を2杯目に移してキンキンにして飲む。

って話を2年くらい前に聞いたか読んだかした気がするんだけどソース忘れたw 昔から酒強いキャラの翔くん好き。でも肝臓(と肺)はお大事に。

 

*****
よし20!しかし今日から21年目に入るわけですのでこれからの前途を祝して21個目もつけます。

  1. 自分の外側にある最大の敵は?という質問に 「作られた真実」 (CUT 2013年7月号)

結局お前変わってねーな!!w


翔くん、勤続20年ありがとう!これからもお仕事がんばってください。

*1:とか言うと、私はその子が好きなのかジャニーズが好きなだけなのかジャニーズなら誰でも良いのか? という話になりそうだけど、歌って踊っている姿を見て好きになった自分にとっては少なくともジャニーズの人だから目に留まったことは否めない事実。

*2:と同時に、産みの親であるヒロムを讃える日。

*3:成人を機に改名したっていうけど、色んなものが「櫻井」表記になったのは4月だった気がする。3月のハワイツアーのWSの時かな「本名の櫻井に改名されたそうです」みたいにさらっと言われて「はい???」みたいな。GWにいいともに出るまで本人の口から説明なかったからしばらくはマジ櫻井って誰だよ、って思ってた。この気持ちはきっとシゲアキ担としか分かり合えない。

*4:っつーか潤、それで高校行ったからこそ「なーみのっ」に出会ってんだからな。高校の出会いが潤に与えた影響でかすぎるのに行った理由は翔くんに諭されたからだからな。たまらん。

*5:何なら、lovesを夢見たことすらありました…無理って頭では分かっていても。でも、念願の共演がまさかマネキン5とは…そもそもVervalさんの変貌っぷりにもびっくりだよ…。

*6:ジャイアン=翔くん。ジャイアンって呼ばれている理由は多分ボーダーの服を着ているからだと思うけどラジオなので定かではない。そもそもラジオで突然伝わらないあだ名をつけるな。

*7:らじらーの「今夜あなたを口説きます」にはちょっと嵐音と似た匂いを感じている。たぶんいのおさんの下ネタ匂わせ力のせい。

*8:補足するまでもないが、その頃相葉弟は中高生なので当然プロレスラーではない。

*9:当時の私のレポより。ってか当時やたらミュージカル隊長いじりされてたけどその頃まだBeautiful Gameのこと公表されてないから、WSSを経て次はマッスルミュージカルにも出る()からミュージカル隊長なのかと思ってたよ。ひどい。

*10:翔くんの腕が格闘家の角田さんみたいにムキムキだということで当時にのとかに呼ばれていたあだ名w

*11:もちろん2001.9.11