嵐の“メンバーカラー”の変遷を分かる限りまとめてみた
嵐のメンバーカラーっていつの間にこんなオフィシャルな扱いになったんだ???
というのも、私が知る限り嵐は最初からメンバーカラーを推していたグループではない。いつの間にやらヲタクの間では暗黙の了解として広まり(ここ!あくまでヲタク先行だったと思う。公式以前から騒いでいたのはヲタクのほう)、そのうちに雑誌やテレビでもそう扱われるようになり、いつしか5色に塗り分けられたものが目の前に出てくればメンバー自ら何も言わずに“自分の色”を手にするようになった。極めつけは2014年のツアー『THE DIGITALIAN』。「今から嵐のメンバーが皆さんの近くに行くので、お手持ちのファンライトを近くに来たメンバーの色に変えてください」とご本人様が言うのだ。
メンバーの色って何だよ!いや知ってるけど!知ってるけどそれいつ決めたんだよ、いつお前は何色担当だよって言われたんだよお前らよおおおおお!(エアーで肩掴んで揺すりながら)
…と思ったら
「ゆうても嵐の色って言ってみんなが分かるとも限らないから改めて自己紹介しましょう。」
「緑と癒し担当してます♪相葉雅紀です♪」
「嵐の赤とラップ担当してます櫻井です」
「わたくし、青担当大野智です。海が好き!釣りも好き!」
「お金大好き!黄色を担当してます二宮です」
「コンサートの演出やってます、紫担当松本です」
くぅっ!完璧だ!キャラ活かしてる抜かりない流石!!…ってそういうことじゃなくて!
なので時系列にメンバーカラーの歴史を辿ってみようじゃないか!…とデジの後意気込んだの、ほんとに。でも年明けてすぐ今の自担*1が忙しくなりすぎて一回頓挫した。
でも今年の春ごろたまたまこちらのをエントリーを拝見しまして(勝手に貼ってすみませんm(_ _)m)
マイクテープから考えるにのみやくんと青の親和性 - 愛がたどりつく場所bi9rii.hatenablog.com
そんでこの下書き思い出して、折角だからやりかけてたこれ完成させようかな~という気になって少し書き足したのにまたやる気をなくして春が過ぎ夏が過ぎ今は冬ですw私はやるならやるでもう少し鮮度を持とうね。。でも折角だから完成させるよ!
~分かる限りの変遷~
※ソースは私の記憶と史実(写真やDVDに残ってるやつ)
※網羅した史実ではなくて、思いつくところだけピックアップしたやつなのでご了承ください
2000年
2001年
2003年
2004年
2005年
2006年
さっき嵐のマイクの色の変化の話したけど潤は元々紫じゃなくてメンカラが決まった頃紫に変えたよな?と思って探してみたら最初にのが青で潤が水色だった〜。にのはいつ水色にしたんだろう(分かりにくいけど上ファーコン/中ハウズ/下アラシック) pic.twitter.com/HiQvKFyH9K
— 茉莉花 (@_malika5) 2015年7月28日
※あと、智がいつピンクから赤になったか知らない。
2007年
2008年
・『Dream "A" live』のグッズのいも虫キャラがメンカラの5色になっている。
・双子参戦とかが流行り出したのがこの年かその前後か…くらいだと思うけど双子をする時には皆もうメンバーカラーで揃えていたはず。あと確かこの頃、kitsonのバックをメンカラで揃えてうちわバックにするのが流行った。
・でもメンカラどおりじゃない衣装も混在する。(国立のOne Loveの時のバンダナみたいな柄のジレとか)
2009年
2010年
・「I love Chiba!」とかのあの衣装がメンカラ割振りなことを考えるともうだいぶオフィシャルになっていた気がする。
・フォロワーさんと話していてもしや!ってなったんだけど、ツアーの会場限定グッズが始まったのがこの頃だ!2009年の『5×10』から会場限定グッズが導入され5大ドーム+国立の6パターンのグッズが製作されるようになったんだけど、5×10の時は例の5色じゃなくてオレンジとかピンクとか色々だったんだよね。でも、2010年の『"Scene"~僕の見ている風景~』から例の5色(国立が金色、5大ドームが5色)展開になりました。*7
2011年
・この年のツアー『Beautiful World』は震災の影響で東京ドーム公演ができなかったので、国立+4大ドームで5色の会場限定グッズ。
・東京ドーム公演が出来なかった代わりに行われたワクワク学校の白衣の縁取りやエンブレムがメンバーカラー。各授業に入る時の映像にも使われているし、この頃には意欲的にメンカラ演出がされている印象。
2012年
・華嵐で「東京タワーが嵐色に染まります!」と報道される。 ※報道でこう表現される、ここ太字。
・この年からアラフェスが始まるのでツアーは5大ドームのみになります。つまり会場限定グッズが5色展開で完全固定。
・とはいえ、この年のツアー『Popcorn』のウォータースクリーン演出の時、微妙に(潤だけだっけ?)ライティングがメンカラと不一致。これ私的超トラップ。
2013年
2014年
・『THE DIGITALIAN』のファンライトがメンバーカラーの5色に切り替わる
・先の発言
・デジといえば心拍数の表示だけどあれがまずメンカラ。名前の表示なんてどこにもなくて、ただメンカラ。
・(潤を除き)ファーコンからBLASTハワイまで変わらなかったマイクの色が、DIGITALIANからいよいよメンバーカラーに統合される(個人的には超エポックメーキングな出来事)。これはスタッフさんもその方が処理しやすいのかな、という推測。
エイトのDVD見てた時にスタンドマイクもメンカラにしてあってそこまで気にせんでも…って思ったんだけどそうじゃなくてスタンドマイクって高さの調節とか必要だしカラーつけちゃった方が本人もスタッフさんも楽なのかなと思って。だからその意味でメンカラは必要悪なのかもと思ってきた最近。
— 茉莉花 (@_malika5) 2015年7月28日
イヤモニはいつどうなってるかもうよく分かんないから深追いしない!気になる人は調べて!
2015年以降は省略
~以下蛇足の所感~
- ※1 お受験戦隊について
お受験戦隊自体は4ヶ月くらいしかやってなかったコーナーだったのに、私の中ではこれがずっとイメージカラーでした。年上2人が赤と青の2大リーダーカラーでカッコイイ!と思っていてすごくお気に入りだったからかもしれない。*8
が、2002年、嵐は第一の変革を迎えます。そう、松潤のキャラ変え。♪今更キャラ変えってそれあなたね~ 遅すぎたけどできたあなたへ~
- ※2 How'sについて
たとえばラキメンだって5色展開の衣装だったけど、あのアフロの衣装を見たとき、全力で思った。
もうスコーーーーーーーーン!とはまった。基本的にはお受験戦隊の時の色なのに、お受験戦隊で緑だった松潤が紫に、お受験戦隊でピンクだった相葉ちゃんが緑になっていた。これがびっくりするほどすとんと来た。なるほど、キャラ変えしてしまった松潤はもう「亀」ではない。よって緑は似合わない。別に「亀」だったから緑が割り振られたというわけではないというかお受験戦隊が何故あの割り振りだったのか聞いたこともない。ただ、キャラ変え後の松潤に色を割り振るなら、どう考えても紫!!!である。あ!これ大正解!そうだよ松潤は紫だ!はぁ~スッキリ!
そしたら空いた緑を誰かに割り振らないと。………うん、桃レンジャーだよね。桃と赤似てるしね。イヤモニ緑だしね。それに相“葉”じゃん!葉じゃん!いやむしろ相葉ちゃん緑しかないじゃん!!!はぁ~スッキリ!!
………という意味が分かるような分からんような理論でここで私の中ではFA出たわ!と思った。あくまで私個人の話で当時のおたくがどういう世論だったか、もう覚えていない。というかそんな話をしていた記憶もない、誰もメンカラなんて今ほど気にも留めていない。
- ※3 Oneのうちわについて
その後もLive is hardは全然違う色味だったり安定しなかったんだけど、Oneでまたあのテアゲロの割振りが帰ってきた。今までのメンカラはあくまで衣装の話だったのに、これは公式うちわの裏面でグッズとして手元に残るものであり他とは訳が違った。そもそもうちわなんて今まで全員同じ柄が当たり前だったのに、そこから明確に5種に分けてるんだもん!正直、名前うちわより顔うちわより寧ろ公式の裏面向けてるのが一番目立つやん!て感動した、前にデザイナーがTwitterでその辺わざわざ主張してたのがなんかちょっと………だけど。でもOneの裏面はよくあるフルネーム表記じゃなくてイニシャルだったじゃないすか。嵐担にとってamnosってすごく大事な記号で、その「s」とかを全面に押し出したデザインの背景色が5色に分かれてるなんてもう象徴的過ぎて、これはやはりテアゲロの色味で行くんだな~とここで確信した。あくまで私の話。
- ※4 わざと衣装をメンカラ固定しなかったことについて
この時、当時の自分のブログ見るとこう言っている。
しばらく赤見てたのに相葉ちゃんだったよ!紛らわしいから変に変えないでほしい
アリーナクラスに慣れ切っていたので、ドームになったこの年、正直色を頼りにしていたところはありました。ドーム・国立クラスになると、色があるとまあ助かるなとは思いますね。おたくとしては腕が鈍ったなって思うけど。(フォルムや踊り方の癖で自担を見つけたい)
~総括~
「嵐のメンバーカラーはいつ決まったんですか?」と聞かれたら、私なら「Oneからです。」と答えます。理由は、うちわの裏に採用するっていう公式感。でも感覚的にはハウズからだと思うし、本当の意味で公式*9になったのは、あ~もう嵐売れたわ~完全に売れきったわ~って思ったくらい(いつだよ)からかなあと思っていますがいかがでしょう。いやドリアラあたりでもう公然だったっけどうだっけ…。何度も言うけど、おたくの間では遅くとも凱旋(2007)くらいの頃には定着していたはず。いも虫もふっつーに受け入れたし、友達からお土産とかもらうとき大体赤かったし、隠語として「あなた何色?私、赤」みたいな会話も成立した。
そもそも、昨今のアイドルグループにおけるメンバーカラー推しを定着させた第一人者は女子ドル(っつーかももクロ)あたりだと思うんですよ。ジャニに限ればエイトレンジャー。いやスマも音松カラーやビストロカラーをおたくはメンバーカラーと呼んでいたし、もっと言えばシブがき隊とか少年隊とかもっとメンカラごり推しだったよね?って考えると全然昔からあるんだけど、昨今のどのグループもこぞってメンカラを内外に主張する文化は近年急に盛り上がってきたトレンドな気がしている。*10
そこらに比べれば嵐なんていくら何となくの見解をおたくが共有していたと言っても本人たちがそんなこと明示してきたこと00年代には一度もなくて、だから昨今のアイドルのように戦略的に推してきた人とは違う。嵐はそのトレンドに乗っかったに過ぎなくて、なんとなくの通念が公式に逆輸入されたのが嵐のメンカラの歴史だと思っている。
結論は、「嵐のメンバーカラーは自然発生で、起源は曖昧です。衣装は必ずしもメンカラではありません。しかし今となっては本人たちが明示的に発言しているので公式にこれがメンバーカラーです。」が解答かもしれません。
*1:ブログでは何度も申し上げてますが、重ね重ね私は現役嵐担ではありません。外野がわーわーごめんね~。
*2:ソース不明。こういう話だった気がするんだけど、私の妄想…?wだったらまじごめんなさいw自分でその色を選んだのかどうかって結構キモだよね。
*3:ついでに言うとこの番組、スタジオはタッキー・山Pをはじめとする東ジュの方がぶっちゃけ扱いが良く、この辺も「え?結局嵐ってデビューなん?ユニットなん?どっちつかずで浮いてね?」な当時のA-Friends感の一端。
*4:当時は松潤=「亀」いじりがポピュラーでした。これが、緑レンジャーになった由来かどうかは知らんw
*5:私は元櫻井担なので他メンのことははっきりと覚えていない。「そういえば」「気がついたら」こうなってた、っていう記憶がほとんどです。
*6:“剣山”で通じると思ってるんだけど、通じるよね?w
*7:5×10の時、何でオレンジきたこれ!紫ないんかーい!ってズコーッしてるのが運営に伝わって、5色展開が採用された疑惑。
*8:どうでもいいけど私はこのデビュー当時の山が支柱を担ってる感じがすごく好きでした。華や人気や経験値は断然風っこで嵐は風がフロントのグループだと思うのに、シングルのソロパは圧倒的に山中心で、華の風っこに対し技術的に山が支えてるような感じがものすごく好きだった。デビュー当時のセクゾンも似たような感じというか逆のイメージというかを感じてたなぁフロントに据えられる弟組とそれを経験と技術と人気で支えるふまけん。
*9:メディアのテロップや座談会の名前の表示に使われたりすること
*10:メンバーカラーで検索してたら2011年のこんな記事が出てきたから、やっぱり10年代の流行りなんだろうな。 戦隊モノ、アイドル…、グループにおける色と役割の関係|エンタメ!|NIKKEI STYLE